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58寺巡礼 第13寺目 正中山法華経寺Last [神社仏閣]

昨日は定休だったので朝6時すぎに 近くの蓮池にハスをとりに行ってきました。まさに朝飯前にいったんですが、先客が一人いましたが僕と入れ替わりに帰られました。 ちょっと早かったですね。あと1週間跡からが見頃でしょうか。 折角朝早く来たので少ないハスの花を撮りました。その後カワセミスポットに寄っていそうな場所をチェックしましたが、前日の雨で水量が多く、カワセミ君やカモ君も居ませんでしたね。 その後14時位まで自治会の資料作りをして何となく1日終わりました。


さて今日の記事は 58寺巡礼の第13番目 日蓮宗由緒寺院 大本山正中山法華経寺Lastです


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寺宝が納められてる聖教殿を後に
鬼子母神が祭られてる 本殿 に向かいました
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法華経寺と言えばここ 荒行堂 です
三大荒行で知られる日蓮大聖人直授の秘伝、大荒行が行われる 11月1日より2月10日までの百日間、この建物で行われます 荒行僧の一日は、早朝二時に起床し、朝三時、一番の水から午後十一時まで一日七回、寒水に身を清める「水行」と、「万巻の読経」「木剣相承」相伝書の「書写行」があり、朝夕二回、梅干し一個の白粥の食事の生活が続きます
我が家の菩提寺の坊さんもここで修行をしてきましたね
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本殿は現代的な建物です
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鬼子母神堂は本堂の奥にありますが
撮影禁止なので外を撮りました(笑)
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ここ本殿でも御主題を頂きました
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青葉が陽に透けて綺麗でした
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祖師堂の横から利堂に向かいました
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睡蓮が綺麗にさいてました
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カメラを持った先客が 紫陽花にトンボが止まってると教えてくれました
16-85mmのズームだったのでテレ端で撮って トリミングしてます
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利堂の周辺は紫陽花が多く楽しめました
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池と紫陽花も風情が有りますね
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再び 祖師堂の横を通って法華経寺を後にしました
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長い門前を通りぬけて
京成中山駅から京成出貨車を乗り継いで
常磐線 金町に出て北小金で降りて
花の寺として知られる
本土寺に向かいました
話し変わって
ボ-ナスに虎の子のへそくりを足して
HD-PENTAX DA55-300mmF4.5-6.3ED PLM WR RE
と長ったらしい名前のレンズをポチりました
5年前に買った DA55-300mmのリニュ-アルバ-ジョンなんですが
パルスモ-タ-にAFリア駆動、電磁絞りで
ペンタの弱点だったAFの遅さを改善したモデルで
やっとCNレベルのピッと決まるレンズになりました
春に 16-85mmのHD DCレンズを買って
AFの速さは体験済みなので
どおしても欲しいレンズでした
年末に購入予定でスケジュ-ルしてたんですが
動き物に強いレンズが早く欲しかったので
無理してポチしました
小柄でリ-ズナブルなレンズなんですがね
当分 節約ですよ(笑)
レンズが届いたら
インプレッションを記事にするつもりですよ

正中山 法華経寺Part2 [神社仏閣]

昨日は晴れて暑い一日でした。 今日は低気圧の影響で関東地方の沿岸部はかなり強い雨が降る予報になってます。その後も梅雨前線の影響で梅雨らしい天気になりそうです。ウイ-クデ-は梅雨空でいいですが週末は天気であってほしいですね。先日、僕が働いてる会社でもボ-ナスがでました。パ-トなんで雀の淚ですが3諭吉頂きました。 まだ手元にあるんですがレンズを買おうと貯金するつもりです。年末に同じ3諭吉ボ-ナスでるので合わせて6諭吉、何とか買いたいレンズをゲットできます。 昨日、価格コム で買いたいレンズのレビュ-やクチコミをチェックしてたら 早く買って使った方がベタ-かな、なんて思って急に年末まで待つか、今ゲットするか悩みます。今使ってるレンズのモデルチェンジバ-ジョンでAFがパルスモ-タ-化し、レンズコ-ティングも変更になったので欲しいです。(笑)今使ってるレンズはボディ内モ-タ-でAFを駆動してるので遅くて五月蠅いレンズなんです。今度のモデルはレンズ内パルスモ-タ-でAFが早く静になってるんでシャッタ-チャンスに強くなるのでね~ どうしたものか思案中です


さて今日の写真は 58寺巡礼の記事になります


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法華経寺は、通称中山法華経寺といわれ、黒塗の総門のそびえる参道には両側に商店が並び門前町の雰囲気をただよわせています。日蓮聖人が最初に開いた寺の池上本門寺(東京都大田区)とともに関東の日蓮宗大本山として知られている名刹です。建長5年(1253年)に、下総の国若宮の領主富木胤継が日蓮に帰依し法華堂(屋敷)を建てました。寺は鎌倉時代の文応元年(1260年)に創立されました。
正面が重要文化財に指定されてる 祖師堂です
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同じく重文にしていされてる五重塔
この五重塔は写真に収めるのには撮る位置が限られてしまいます
現在 大仏が改修中で工事用シ-トが写らないように撮りました
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手水舎で手を清めて
お参りします
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祖師堂 は日蓮宗の祖 日蓮を祭ったお堂の事です
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祖師堂から五重塔をみます
桜の季節は桜越しに五重塔がみれますね
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祖師堂の中で 御主題を頂きました
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この中山法華経寺中だけでも
4ケ所で御朱印や御主題が頂けるようです
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聖教殿へと続く門の前に 紫陽花が咲いてました
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緑が眩しい聖教殿は法華経寺の一番奥に位置して
木立の中を進みます
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法華経寺の寺宝を収めた
聖教殿 なんとなくインドの仏塔を彷彿させます
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聖教殿はあまり訪れる人も少なく 静寂の世界でした。
このあと坂を降りて
鬼子母神が祭られてる
本院に向かいました。
あと1~2回続きます

下総中山法華経寺 [神社仏閣]

昨日の日曜日は父の日でしたね。 上の息子家族が昼に出前のお寿司をとってささやかな食事会を開いてくれました。八海山のスパ-クリング日本酒を初めて飲みました。午前中テニスをしてから昼酒だったので酔いが回って、食事会の後昼寝しちゃいました。 雨も降っていたので午後はノンビリとした時間を過ごしました。 そうそう 父の日プレゼントにテニスの リストバンドを頂きました。これから暑い日にはタオル代わりにリストバンドしてテニスを頑張ります。ありがとね~


さてきょうの記事 梅ジュ-スにするか 6月15日に訪れた神社仏閣の記事にするか迷いましたが神社仏閣の記事にします。

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総武線 下総中山駅を降りて 京成中山方面に歩いて行きます
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京成中山駅の踏切を渡ると総門と呼ばれる黒門があり、黒門の先 道の突き当りに大きな三門があります仁王門とも、黒門に対し赤門とも呼ばれてるそうです
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三門には 正中山 の扁額が掲げられてます
鎌倉時代の日蓮聖人が最初に教えを説き、開いた零跡寺院
正中山 法華経寺の三門です
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三門の両袖には
阿形吽形の仁王様が睨みを利かせてます
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三門をくぐって長く伸びる参道の両側には 支院がいくつかあります
その中の一つの門前には
早や ハギの花が咲いてました
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この時期 紫陽花も見頃になってました
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趣のある 支院ですが門の中には入りませんでした
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門前を進むと茶店や土産物屋さんがあり
正面に五重塔が見えてきます
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茶店の前に カシワバアジサイが咲いてました
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長い参道の突き当りに
小さな赤い橋があり
その先が 境内のようです
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日蓮宗 霊跡寺院 大本山 正中山法華経寺
中山の地は日蓮聖人の法難の際の安らぎの地であり、説法の地でもあります。日蓮聖人御真刻の鬼子母神が安置されている鬼子母神堂は、江戸三大鬼子母神にも数えられ、信仰厚く、子育安産、病気平癒の祈祷、社運隆盛のための参詣の人も多く訪れます。(Hpより抜粋)
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国宝である日蓮聖人の御真筆(立正安国論、観心本尊抄)や五重塔、法華堂等国指定重要文化財の建造物や、市指定文化財の本阿弥光悦筆の扁額など、境内には多くの文化財があります(Hpより抜粋) 今日はここまでで次に続きます。
今年の目標の一つである 日蓮宗本山巡礼は
日蓮の遺骨が埋葬されてる 祖山(1寺) 久遠寺
霊跡寺院、大本山→日蓮一代の重要な事跡のある寺院 (14寺)
由緒寺院、本山→宗門史上顕著な遠隔のある寺院(43寺)
全てで58寺巡礼となります
千葉、静岡、京都、神奈川には5寺以上が集まってますが
北は宮城、西の佐賀には1寺あって
1都1府16県に渡る
壮大な巡礼旅となります
近県からコツコツ廻って
遠くの行きづらいお寺は
努力目標として一生掛けて廻れたらいいなと考えております。
昨年は坂東36か所巡礼を1年で
完結出来ましたが
範囲の広い日蓮宗本山58寺巡礼は
一生ものとなりそうです。
取りあえず
14寺ある大本山制覇が目標ですね。
大本山 正中山法華経寺の記事は何回か続きます

日向薬師Last [神社仏閣]

今日は会社休みです。 7月の中旬に 自治会の盆踊りがあるので 焼き鳥やらフランクフルト、焼きそばなどの材料を前年度何処でどれだけ購入したか 前年度のデ-タをチェックして書き出して27日の第一回目の打ち合わせ資料を今日は作成します。 27日に打ち合わせをして 28日には組長会議で盆踊りの大凡の雛型を話して準備に入りますが あと1ケ月半なのでちょっとパワ-が必要です。


さて今日の記事は 日向薬師の3回目でLastになります


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境内はもみじの緑があざかでしたよ
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鐘突き堂から見た薬師堂です
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虚空蔵菩薩
十三詣りとして、子供が13歳に成長すると、
より福徳、知恵と慈悲心が授かりますようにと昔からお参りされてる仏様です(Hpより抜粋)
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緑が目にしみます
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宝物殿の入り口です
入場料300円を支払って中に入ります
中には国指定重要文化財の 鉈彫 薬師如来が安置されてますが
通常は見る事ができません。
前立の薬師如来像と左右に日光、月光菩薩 対面に阿弥陀如来
それを囲むように 12神像が安置されています
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宝物館内部は写真は撮る事が出来ません
正月三が日は御開帳で本尊を見る事が出来るようです
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宝物殿の裏手にお土産物を売る出店が出てました
ここで甘酒を飲みましたが 生姜の粉末を入れると風味が増して美味しかったです。
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ちょうど昼時になったのでどこかで食事を食べようと言う事になって
日向薬師から七沢温泉に通じる林道を走って七沢温泉にいきました。
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車を走らせること15分 福寿庵というお蕎麦屋さんに到着
昼時で混んでいて30分ほどまって中に入れました
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注文したのは 天ザルでした
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オ-ダ-してからもかなり待たされたので腹ペコでした
まあお腹空いてたので美味しかったです(笑)
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お蕎麦を頂いて帰りにス-パ-に寄り路して
帰路に着きました
まあスーパ-の買い物は女房が一人で行く時が多いのですが
たまに二人で行くと食材の値段が
高いですね~(笑)
この記事で日向薬師は最後となります

日向薬師Part2 [神社仏閣]

土曜日から3日連続で夏のような暑さがつづいてます。 今日は仕事は半袖のポロシャツ1枚でした。真夏になったらどうなるんでしょう。まだ5月も半ばすぎなのに思いやられますね。 昨日は会社の帰りに家庭菜園にいってジャガイモの試し堀りをしました。 2株堀たんですが 大きなジャガイモが7つと小さいのが少々 かなり生育が良かったですよ。


今日の写真は昨日の続きで日向薬師になります


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部分的にかなりの勾配の箇所もありますね
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何百年 この場所にたっているんでしょうか
もしかしたら源頼朝も見たかもしれない大木が立ってます
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誰の碑でしょうか
参道には 石碑や古い石柱が散見されます
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平らになった参道を進むと
前方に本堂と石段が見えてきました
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石段を上り詰めると
目の前にには 去年の11月に6年間の大修理を終えた茅葺の薬師堂が現れます
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奈良時代初頭の霊亀2年(西暦716年)に、僧行基により開山されました。
僧行基が熊野を旅していた際、薬師如来のお告げにより、相模国のこの地(現在の神奈川県伊勢原市)に、日向山 霊山寺(ひなたさん  りょうぜんじ)を開山した、と伝えられています。

本尊  薬師瑠璃光如来(鉈彫り 国重文)

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寺号は廃仏毀釈以前は「霊山寺」、以後は「宝城坊」と称するが、中世以来薬師如来の霊場として信仰を集めていることから、「日向薬師」(ひなたやくし)の名で親しまれている(ウィキより抜粋)
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本堂の中は撮影禁止の為入り口部分だけでです
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現存の本堂(薬師堂)大修理歴
室町期 康暦2年(1380年) 630年前
江戸前期 万治3年(1660年) 350年前


平成18年の詳しい調査の結果、屋根・柱・床の老朽化と虫害により
急ぎ大修理が必要な時期であると判明し、文化庁・神奈川県・伊勢原市の
協力と助成を受け、平成の大修理を遂行し28年11月20日に落慶した

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宝城坊の二本杉と言われる大きな杉が鐘突き堂の前に立ってます
この時期緑に萌えて見事な風情を醸し出してました。
この後、国宝に指定されてる薬師如来と十二神像が安置
されてる 宝物館を拝観しましたが
写真は撮る事は禁止でしたので写真はありません。
あと1回続きます

日向薬師Part1 [神社仏閣]

伯父の葬儀も無事に終わって一段落しました。 父は3年前に他界しましたが 富国強兵時代、産めよ増やせよで、なんと14人兄妹と今の時代では有りえない家族構成でした。 14人の兄妹も伯父が亡くなって父の兄妹は、末っ子の7男坊の叔父さん一人だけとなってしまいました。寂しい限りですが残された叔父さんには長生きをしてほしいものです。


さて今日からブログ記事は通常に戻ります。今日の記事は 5月連休中の4日に女房のリクエストで源頼朝や政子も参拝に訪れた 神奈川県西部にある 日向薬師 の記事になります。


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車で行ったので 日向薬師のバス亭そばの駐車場に車を停めて
参道を歩きました
長閑な景色が続きます
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日向薬師の傍にも駐車場は有るんですが
この参道は源頼朝や政子が歩いた道で風情がありますから 行かれる方は
参道を歩かれる事をおおすめします。
参道から本堂までは10分~15分かなり急な登り坂を歩きます
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衣装場と書いて いしば と読むそうです
此処は 源頼朝が娘の病気平癒祈願に 建久5年8月8日 鎌倉武士50名を引き連れて
明け方4時に此処で、旅装束をといて 白装束に着替えた場所のようです。
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癒されます
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衣装場から進むと 急な石段の上に 仁王門が現れます
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仁王様が 睨みを利かせてますね
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相当 時代がかった仁王像のようですが
由来は判りませんでした。
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仁王門をくぐると さらに石段が上に続きます
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ここからが 趣のある参道で
頼朝や政子も歩いた道かと思いを馳せて歩きます
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女房も興味深々 鎌倉時代にタイムスリップした感覚を味わってました
この参道を下から登る人は少ないようです
歩いてる時に2組しか会いませんでしたから
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女房が見上げてる先は 杉の古木が
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振り返ると 仁王門の屋根が
緑に溶け込んでました。
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説明は入りませんね~
素敵な空間が続いてます
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登って行くと
参道の突き当りに 観音菩薩像が立っ広場があって
道はここで 左に曲がって
本堂へと続きます
それにしても趣のある参道です
この先は後日に続きます

鎌倉散歩 安国論寺 [神社仏閣]

昨日、午後2時頃にメ-ルが入って2月に老衰で入院してた伯父が亡くなったとの訃報が届きました。10日程前に見舞いに行ったのが最後になってしまいました。2月から点滴だけで3ケ月以上頑張って95歳の天寿を全うしました。世話になった伯父なので最後の旅立ちの世話をしてあげれたらと考えてます。ブログ記事は何とか書ければとおもってます。


今日の記事は鎮魂の日蓮上人縁の鎌倉安国論寺にしました。


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長勝寺・妙法寺と並び、日蓮上人が鎌倉で布教するに際して拠点とした松葉ヶ谷草庵の跡とされ、松葉ヶ谷霊跡安国論寺とも言う。開山は日蓮とするが、弟子の日郎が文応元年(1260)に、日蓮が前執権北条時頼に建白した「立正安国論」を執筆した岩穴(法窟)の側に安国論窟寺を建てたのが始まりである(ウィキより抜粋)
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山門はツツジの花が満開でした。(5月3日)
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本堂に続く参道にはシャガの花が咲いてます
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本堂には 立正安国 の扁額が掲げられてます
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つつじが綺麗に咲くお寺でした
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もみじも綺麗な若葉を茂らせているので
秋の紅葉も見事でしょう
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立正安国論で他宗派を激しく攻撃したため
草庵を焼き打ちされて隠れた洞窟跡などの史跡があります
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日蓮上人が日々、富士山に向かって法華経を唱えたという。富士見台
ここからは眼下に材木座の海岸と富士山を見る事が出来るそうです
この日は富士山は見えませんでした。
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空木でしょうか
ピンクの花木が目を引きました
御主題を頂こうと寺務所に行くと今、書ける人がおりませんとの事
今日だけなんかずっとそうなのか聞きませんでしたが
日蓮縁の寺としては少しガッカリしましたね。
ちょつと記事が雑になってしまった事をお許し下さい
20日の土曜日に通夜、21日が告別式なんですが
菩提寺の日蓮宗本照寺と近隣の同、妙昌寺から
僧侶5人が読教する大きな葬式に
なりそうです。
それだけ故人は偉大な人でした。
しかしどれだけ偉大であっても
生まれる時と死ぬときは裸一貫
一人の人間となって
誰もが平等になるんです
合掌

鎌倉の苔寺、妙法寺 [神社仏閣]

昨日は暑い位の陽気でしたが今日は朝から雨の予報が出ていて気温も20度位までしか上がらないようですね。 今日はテニスコ-トが取れてないのでテニスはお休みですが取れてても雨で出来ないでしょうね。 と言う事で今日は午前中自治会の仕事をします。 夕方から会社の新入社員の歓迎会があるので出席します。 基本飲み会なので車は置いてバスと電車で会場に向かいます。雨が止んでるといいんですがね。

今日の記事は 鎌倉の続きで 鎌倉の苔寺とも呼ばれる 鎌倉市大町松葉ガ谷に建つ 妙法寺です


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朱塗りの三門は現在通れません
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日蓮宗 楞厳山妙法寺(りょうごんざん みょうほうじ)
創建  建長5年(1253年)
開基 日蓮(開山)、日叡(中興開山)
建長5年に日連上人が安房より移り住んだ松葉ケ谷草庵跡に開かれたとされ、現在も境内奥の山腹に「御小庵趾」の碑があります
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拝観料を払うと 火の着いた お線香を渡されます。
火の着いた線香なので
写真を撮ることもできず本堂の香炉に線香をあげてお参りします。
お参りしないと次に進めませんね
ここの本堂は文政年間、肥後細川家により、幼くして亡くなった細川家息女の菩提を弔うため建立された建物です。
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お参りを済ませ 苔の石段がある仁王門に向かいます
アヤメ?が綺麗に咲いてました。
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紫蘭でしょうか
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仁王門が見えました
仁王門はくぐる事は出来ません
正面に 苔の石段が見えますね
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仁王門に鎮座する仁王像
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苔石段
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苔石段-仁王門から釈迦堂跡に続く石段で、苔に覆われており、このため妙法寺は別名「苔寺」「苔の寺」とも呼ばれる。苔の保護のため通行止めとなっており、脇に新しい階段が作られています
風情がある石段です
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石段の苔をアップで撮ってみました
フカフカの苔でした
長さ2~3cmほどありました
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文化年間に水戸家により建立された 法華堂に
石段は続いてます
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法華堂の左手に 鐘突き堂があります
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鐘突き堂のすぐ上に 日蓮上人が鎌倉に入って小庵を作った跡の碑がたっています。
ごく近隣の安国論寺、長勝寺も、それぞれ松葉ヶ谷草庵跡を称しており
何処にあったかはさだかではないようですが
松葉ガ谷に有った事は間違えないようです
草庵跡を上に登って行くと
後醍醐天皇の子・護良親王の墓があります
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苔石段から見た仁王門
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ここ妙法寺は 御朱印や御主題は頂けないと他のブログで
見た記憶が有りましたが
御主題 頂けました
もちろん御朱印も頂けるようですね。
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今年初めての蝶さん
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白いツツジも綺麗に咲いてました。
この後 歩いて数分の同じ草庵跡と称する 安国論寺に向かいました。
話し変わって
ここ数日、孫ちゃん下に降りてきません
孫ちゃんが僕がお菓子を与えるので
ご飯を食べなくなった
と濡れ衣を搔けらてます(笑)
あれも、これもダメ
では可愛いそうなので
内緒で食べさせてるんですが
孫ちゃん全て喋ってしまうみたいです
カズクンに○×△貰ったと
まあ日曜日には母の日で
一緒に夕食食べるので
その時会えますがね~
それにしても孫ちゃんは可愛いですよ

ぼたもち寺と安養院 [神社仏閣]

昨日は連休明けの初出勤、会社に行くまでは何となく気分的にはウツですね。 気合いを入れて会社に行ってしまえば 連休中遊び回ってる時より体的には楽なんですがね。

さて今日の記事は鎌倉の続きになります。 比企一族の妙本寺を後に 材木座に向かって最初にあるぼた餅寺と 北条政子の墓がある安養院です。


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妙本寺の山門を出ると ぼたもち寺 の案内看板が立ってます矢印に従って細い道に左折します
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住宅街の中を進みます。
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5分ほど歩くと 左手に ぼたもち寺 と書いた山門が現れます
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山門から本堂が見えますがこじんまりとしたお寺で
正式名は
彗雲山 常栄寺といいますが ぼたもち寺 の方が有名ですね。
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寺伝によれば、鎌倉時代に源頼朝が山上に由比ガ浜を遠望するための桟敷を作ったのが興りとされる。ここを守護していた印東祐信の妻で日蓮宗の尼僧(「浅敷の尼」といわれる)が、文永8年(1271年)の龍ノ口法難の折り、処刑のため刑場(現・龍口寺)に引かれて行く日蓮に胡麻ぼたもちを捧げた、という伝承がある。この後に日蓮は刑を免れたことから「御首継ぎ胡麻の餅」として有名になった。そうです Hpより抜粋
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狭い境内には 草花が植栽されてて 紫蘭が綺麗に咲いてました。
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法難のあった毎年9月12日には、参詣人にもぼた餅が供養接待されているそうです
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御主題を頂く為 御朱印の列に並びましたが
6~7番目でしたが小一時間並びました。 懇切丁寧に御朱印を書いてるんですね
一人で書かれてので時間が掛かりました
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待ってる間に 花の写真を撮ったりして過ごしました
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頂いた 御主題です。
ぼたもち寺の由来が細かく書かれてました
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ぼたもち寺を後に 安養院に向かいます
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由来
安養院は浄土宗の寺。この寺は、嘉禄元年(1225)、北条政子が夫・源頼朝の冥福を祈って建てた笹目の長楽寺が前身といわれる。長楽寺は鎌倉幕府滅亡とともに焼け落ちた為、この地に移ったが延宝八年(1680)に寺は再び全焼。源頼朝に仕えた田代信綱が建立した田代寺の観音堂を移して再建された。安養院の名は政子の法名である。本堂には本尊阿弥陀如来像と千手観音像と北条政子像が安置されている 5月には、オオムラサキツツジが寺を埋め尽くす
ここ 坂東三十三箇所札所の第3番札所で田代観音とも呼ばれていて 昨年札所めぐりで訪れています。
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この時期 ツツジが見事です
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今回 安養院を訪れた目的は 韮山の蛭が小島の頼朝伝説の続きで
頼朝亡きあと尼将軍として2代将軍頼家の跡目争いで比企一族を滅亡させ実子の頼家も修善寺に幽閉して暗殺したであろう闇将軍政子の墓がある為 再訪しました。
正直 政子の墓にしては質素な墓でした
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政子の墓の横には 鎌倉最古の石塔といわれ
重文に指定されてる大きな石塔が立ってます
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この時期つつじが見事てす。
この後 安養院近くの中華料理店で食事をして
鎌倉の 苔寺 と呼ばれる
妙法寺を訪れました
後に続きます

比企一族 妙本寺 [神社仏閣]

5月3日の鎌倉散歩、日蓮上人の足跡を訪ねて大覚寺から妙本寺に向かいました。 大覚寺から比企が谷は目と鼻の先の距離です。 ここ妙本寺は鎌倉幕府頼朝亡きあと二代将軍頼家が病に倒れ家督継承の争いで 建仁3年(1203年)9月2日 一夜にして政子の父、北条時政の謀略で頼家の嫡男 一幡もろとも比企一族が根絶やしにされた場所に建てらてます。(比企の乱と呼ばれてます) 比企の乱の時、まだ幼少で京都にいたため生き延びたのが比企大学三郎能本でした。能本は、鎌倉の町に立って生命がけの布教をされている日蓮聖人に出会い、「わが一族の菩提を弔って下さるのは、このお聖人しかいない!」と決心し、自分の屋敷を日蓮聖人に献上したのが妙本寺の始まりだそうです。

日蓮上人は、文応元年(1260年)比企能本の父・能員と母に「長興」、「妙本」の法号をそれぞれ授与し、この寺を「長興山 妙本寺」と名付けられました


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妙本寺 総門には妙本寺の扁額が掲げられてます
妙本寺は、日蓮聖人を開山に仰ぐ、日蓮宗最古の寺院です。開基は、比企能員の末子で、順徳天皇に仕えた儒学者比企大学三郎能本です
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山門をくぐると中井参道が続いてますが入り口から100mほどは車道と一緒になってて
土産物屋さんがあったり幼稚園があったりします
ここは 人力車で廻る観光客の立ち寄りスポットになってるようですね
人力車が止めてありました
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参道は自然豊かな比企が谷の緑のトンネルの中を
上にと向かう石段が長く続いてます
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この時期もみじの緑がきれいです
秋の紅葉も見事でしょうね
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二天門が見えてきました
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二天門をくぐると 正面に祖師堂があります。
手水舎の右手に 9月2日一夜にして滅亡した比企一族のお墓が並んでます
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比企一族の墓前の前には 悲しい歴史とは無縁に
シャガの花が一面に咲き誇っていました
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2代将軍 頼家の側室で 比企能員の娘、若狭局と頼家の嫡男
一幡も若狭局と館に火を放って自害したそうです。
一幡の墓だそうです
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比企一族の墓が並んでます 合掌
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祖師堂横のもみじ
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秋の紅葉は見事でしょう
秋にもう一度訪れたいですね
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物悲しい石仏....古の9月2日の悲劇を哀れむようです
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静寂な世界
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妙本寺 開山の祖 日蓮上人像が比企一族の墓を見守るように建ってます
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本堂と寺務所は祖師堂とは離れた場所に建ってます。
緑の中を進みます
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寺務所で御主題を頂きました
書いて頂いてる間 大学守り というお守りがありました
比企大學三郎能本という名前から 大学守り
持ってると心が和むそうなので
一つ頂きました
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鎌倉の有名寺院に比べると
訪れる人も少ない妙本寺
鎌倉時代に権力闘争で政子の北条氏に
滅ぼされた悲しい物語の舞台となった比企が谷に
今もひっそりと佇んでいます
比企氏(ひきし)は、平安時代末期から鎌倉時代前期にかけて武蔵国比企郡(現在の埼玉県比企郡と東松山市)を領した藤原秀郷の末裔を称する関東の豪族。
一族である比企尼が源頼朝の乳母を務めた事から、比企氏は早い時期から頼朝を支えた御家人となる。比企氏の家督を継いだ能員が、頼朝の嫡男で鎌倉幕府2代将軍となる頼家の乳母父となった事から、将軍外戚として権勢を強めた。しかし頼家の母方の外戚である北条氏との対立により比企の乱が起こり、一族は滅亡した。
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妙本寺を後に
ぼたもち寺から
政子の墓がある安養院へと続きます

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